修造しい。
2008 / 02 / 18 ( Mon ) 【修造しい】 形容詞
数年前「新すぃ日本語」という番組で生まれた言葉。 意味:矢鱈と熱い人の事。また、その様子。 (例)「ちょっとあの人修造しいよね」 「これぞまさに【修造しい】だな。ウヒャヒャヒャヒャヒャ…」 いつかの日曜、僕はぬるぬるのバーボンソーダをガバガバ飲みながら 「ゲットスポーツ」を観ていた。 ブラウン管には、将来有望な少年達にテニスを教える松岡修造。 …うぅ…熱い、熱過ぎる。情熱??…いや、最早これは灼熱の域だ。 ラクダだって裸足で逃げ出すだろう。 「ん?ラクダは初めから裸足か…。しっかし修造しいな。ぐびぐび…」 しかし、これより約20分後、僕は修造によって泣かされる事になる。 「この中で俺は夢に向かって誰よりも努力してるって言い切れる奴ァいるかぁ!?」 番組の序盤、少年達に向かって修造は咆える。 時に修造は突き放し、叱咤し、少年は涙ぐむのだが 最終的に少年は、修造が叱咤する意図を知り 成長して行くというスポコン全開の展開だ。 「ゲットスポーツ」という番組のベクトルと 「松岡修造」という稀代の情熱家。 タッグを組めばこうなるのではないかと大方予想はしていた。 しかし、知らぬ間に僕は修造マジックにかかっていた様だ。 だって少年が笑顔を取り戻したあたりには、もう僕号泣なんだもん。 「僕の中にもまだ小さな炎が灯っていたんだなぁ…」 などと涙ながらにまたグビグビする僕であった…。 「もうちょっと頑張ろう」 本気でそう思える瞬間でした。 追記:修造の ポーズでもなければ演出でもない。 彼の様な人間こそ政治家になればいいのに。 今、政治に最も必要なのは修造しさかも知れない ちょっと本気でそう思えましたよ。 最大限の努力をしましょうね。皆さん。 あ、まずは僕ね(汗 |
点と線。 part1
2008 / 02 / 15 ( Fri ) ここ数ヶ月、通勤には電車を利用する事が多くなった。
って言うか最近、電車での通勤にめっきりハマッている。 仕事上、行き帰りが一般の方とは異なる為 車内は比較的空いている。 そんなガランとした車内で 妄想や想像と言った考え事に没頭する事が 何だか楽しくて仕方ないのだ。 片道20分という限られた時間が 集中力を高めているせいかも知れない。 今日なんかは、やけに空いていて 考え事に集中するには打ってつけの空間だった。 いつもの様に虚ろな視線で車窓を眺めながら 当て所ない思考を巡らす。 やがて気が付くと、目くるめく思考は 最近舞い込んだコラムの仕事の事に行き着いていた。 …確かに最近書く仕事を頂いた。 しかし、そもそも何故この仕事を請け負う事が出来たのか。 終点までの残り数分、考えてみる必要がありそうだった。 文章を書く事が好きで、思い付くままにペンを滑らせていた思春期。 やがて社会の荒波の中で身の丈を知る事となったが それでも「いつかこれが仕事になればいいな」という 安易な期待と先の見えない不安の中 僕は文章を書き続ける事にした。 「文章を書く」という事は本当に不思議な作業だ。 書けば書くほど自信(経験に裏打ちされたもの)がつくが 己の才能の限界が近づいているのではないか?という不安も大きくなる。 相反するベクトルの感情を内包しているのだ。 それでも書き続けられたのは 僕がいささか楽天家で 安易な期待の方に比重を置く事が出来たからだろう。 更に経緯について掘り下げてみる。 発端は僕の地元の友人A氏だった。 サブカルチャーの渦の中に身を置く彼は そのカテゴリーにおける地元の文化、意識の希薄さを憂い 自らフリーペーパーを刊行する事を決めた。 そしてその時、友人A氏は細々と書く事を続けていた僕の為に 誌面を割いてくれたのだった。 やがてA氏が仕事等で多忙になり フリーペーパーの方は一時休刊となったが その矢先、僕が以前勤めていたBarで十数年振りに偶然再会した 友人T伝手で今回のコラムの仕事が舞い込んだ。 この時、採用の決め手となったのは A氏のフリーペーパーに連載していた僕の記事だった。 そういった一連の回想から 「アノ点とアノ点がつながって… あぁ、コノ点とアノ点がつながったんだな」 などと勝手に納得した後 「…という事は偶然とは必然である」などと勝手な答えを導き出したところで ガタンッと電車が終点に到着した。 |
僕としおりと友人S。 part3
2008 / 02 / 09 ( Sat ) そして、そんな事を思い出している時、僕はある妙案を思いついた。
「CMにみる一連の現象は、枝折りでも然りではないか…?」と。 思い立ったが吉日、待てば甘露の日和ありなんて悠長な事は言ってられん! とばかりに、即座に部屋中の本の中から枝折りをかき集め、並べてみる。 するとどうだ、僕の思った通りではないか。 枝折りの中に多分に含まれた広告的要素はもちろんの事、 イラストや写真、キャッチコピーに至るまで、 見事に時代が反映されているのだった。 「これは面白い」と、以後僕は枝折り蒐集に没頭していく事になる…。 そして、日課の様に古書店へと出向き、枝折り蒐集をしていたある日、 いつもの様にページをパラパラとめくっていると ページとページの間を一瞬、見慣れたモノが通り過ぎた。 …ん? もう一度ページをめくってみる。 やはり見慣れた何かが通り過ぎていく。 …んん? 逸る気持ちを抑え、そっとページを開くと夏目漱石と目が合った。しかも二人…。 もちろん、ドキドキする気持ちなんて微塵も見せず、 僕は何食わぬ顔で100円で売られていたその本を買ったのだった。 後日、友人達はこぞって「それはヘソクリだ」と言うのだが、 僕は「きっとお金持ちの枝折りはお札なんだ!」と反論し続けた。 何せ卑猥な雑誌の裏表紙には、 水晶キーホルダーとやらの力で金持ちになったブサイクが載っている様な奇妙な時代だ。 お札を枝折り代わりに使う人間がいたって不思議ではないだろう。 ともあれSにはお礼をしなくちゃならんな。 …水晶キーホルダーでも送ってやるか…。 追記:現在のSは大宮あたりで多くの人に紛れ、質素な生活を続けてるらしい。 Sの人生におけるピークはあまりにも早かったのかも知れない…。 |
僕としおりと友人S。 part2
2008 / 02 / 08 ( Fri ) 話は逸れたが、僕とこの友人Sは小学校も一緒だった。
それ故、僕は彼の様々な側面、奇行を多く目の当たりにしている。 小学校時のSは給食の時に箸を忘れると、 何の躊躇いもなく鉛筆を箸代わりに給食をたいらげたり、 鼻水をも拭きまくる万能タオルを持ち歩いていたりと、 羞恥心とは無縁の野性的な子供だった。 兄の影響で低学年からボンジョビを聴くようになり、小学校も高学年になると キース・リチャーズ(ストーンズのギタリスト)について語り始め、 ジーンズの色落ちについては、誰よりも開眼するのが早かった。 人付き合いは苦手だったようだが、何故か学級新聞に小説を連載していたし、 (Sが当時飼っていた『愛犬ビチの小さな冒険』みたいな話で、 これが中々の反響だったし、僕も続きを楽しみにしていた一人だった) 図工の時間に彼が作り上げたコラージュ作品は 画用紙に描いた蓋付きの大きなビンの中に 広告から切り抜いた人間の顔を無数に貼り付けたもので タイトルは『学校』。 比較的仲の良かった僕は小学生ながらに 『こいつはどうも天才くさいな』と思っていた。 そして小学5年生になったある日、S宅に遊びに行った時の事。 招かれたはずの僕を部屋に置き去りにしたまま、 いつまで経ってもSが戻って来ない。 これはどうしたものかと、僕は恐る恐る居間の方へ。 するとSは居間のテレビの前にどっかりと腰を下ろし、ゴソゴソと何かしている。 「何をしているんだ?」と尋ねると 「CMを録画している」と言う。 「CMだけを録画しているのか?」と聞くと 「そうだ」とSは言った。 よくよく尋ねてみるとCMだけを録画している理由はこうだった。 「CMだけを録りためたものを時間を経てから観かえしてみると、 その時代がよく分かる」というのだ。 つまりCMには時代が如実に反映されていると…。 言っている事は何となく理解出来たが、そりゃ小学生の発想か? その時、僕はこう思っていた事を思い出す。 「こいつの中には、きっと小さなおっさんが入ってるんだ…」 同時にこうも思っていた。 「やはりこいつは天才の類なんだな。 今のうちに仲良くなっとけば将来きっと……ムフ。」 と、まぁそこまで思っていたかは、記憶が曖昧であるが、 以上の件が4年前に僕がふと思い出した事だった…。 |
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